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今月の特集



 キンデルダイクには19基の風車が保存されています。ロッテルダム近郊の湿地帯に点在する勇壮な姿は260年以上の歴史のあるもの。低地から水をくみ出す灌漑を目的に作られました。
キンデルダイクは1997年に世界遺産に登録される以前から、絵葉書のような風車のある風景が見られる最も有名なスポットでした。

 19基の風車はちょうど2列に並んでいます。風車エリアを巡るボートツアー(夏期のみ)や風車内部の見学(49月の火〜土曜)などを取り入れてみてはいかがですか?78月の土曜は風車が大きな羽を回す姿が見られます。260年前の姿を目の当たりにするでしょう。

キンデルダイク


 ユトレヒトにあるシュレーダー邸は、ヘリット・リートフェルトの活動に理解のあったシュレーダー夫人の発注により1924年に建てられました。驚くほど小さな核家族向けの家ですが、オープンプランを導入し、開放感を出しながらも、間仕切りでプライバシーを確保する方法、折りたたみ式の家具、ニッチ収納、柱を取り去った眺め重視の窓、採光用の天窓と吹き抜けなど、現在の住宅では当たり前となった工夫ですが、この時代にはなかったものが随所に散りばめられ、住宅設計家としてのリートフェルトの先を行く視線を感じます。また抽象画家のモンドリアンや雑誌を発行したテオ・ファン・ドゥースブルグらが中心となった芸術運動デ・スタイル(スタイル派)のコンセプトに則り、単純な色使いや直線で構成されたデザインも俊逸。2000年に世界遺産に登録されました。

 シュレーダー夫人は1985年に亡くなるまで、この小さな家に住み続けました。リートフェルト自身も完成後から1933年までと晩年の6年間、この家の中にアトリエを構えていました。リートフェルトの建築家としての理念が詰まった理想の家だったのでしょう。
 現在はユトレヒトの中央博物館が管理しています。1日数回行われる所要1時間のガイドツアー(オランダ語・英語)でのみ入場可能です。
 シュレーダー邸以外で最も知られているリートフェルト建築はアムステルダムのゴッホ美術館本館です。こちらは自然光をやわらかく上手に取り込んだ抜けの良い大きな空間が特徴です。

 リートフェルトは生涯ユトレヒトに住み、仕事の拠点にしていました。主な仕事は家具デザイナーで、デ・スタイルのコンセプトを代表する赤と青の椅子が有名です。

シュレーダー邸


 アムステルダムのディフェンス・ラインとはアムステルダムを囲む、敵の進入を阻むための135kmにもなる防護ライン。オランダの首都を守るため 、45の砦、水を満たすことのできる干拓地、数々の運河などがネットワークでつながっています。アムステルダムのディフェンス・ラインは陸路攻撃が主流だった時代の最後に作られた砦であると同時に、規模の面でも世界最大級です。1883年〜1920年にかけてオランダ政府が建設。治水技術を応用して、洪水をおこさせる仕組を備えています。48時間で干拓地を0.51.5mの水位で満たします。水位が浅いのは船での進入を防ぐためです。世界でも水を防御砦に使った例は他にありません。

 1996年世界遺産に登録。いまでは軍事上の防護ラインとしての機能はありませんが、干拓地の自然や古い防壁(堤防)などが点在し、長閑な風景にアクセントを与えています。代表的な見学ポイントはエダムとフォーレンダムの間の砦、ウェースプのOssenmarktにある塔など、別の世界遺産に登録されているベームステルの干拓地エリア、前回の花の万博が開催されたハーレマーメアにある数箇所の砦や堤防など公式スポットが45箇所あります。

アムステルダムのディフェンス・ライン


 1999年に世界遺産に登録されたアムステルダムの北に広がるベームステル干拓地には、長方形の土地が、定規で線を引いたかのようにきちんと並んでいます。1607年から1612年にかけて42基の風車が、当時海抜マイナス3.5mの内海だったエリアを見事干拓しました。

 「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」という言葉がある程、干拓や治水により国土を広げ、管理してきたオランダ人たちですが、ベームステルの干拓地はその傑作とも言うべき場所です。17世紀に行われたとは思えない高度なランドスケープ・デザインは、この土地が水の浸入との厳しい戦いのもと形作られたとは思えないほどです。肥沃な粘土質の土壌はきちんと測量、整地され、農作業に理想的な長方形のモザイク模様が出来上がりました。

 ベームステル干拓地について語るときヤン・アドリアーンスゾーン・レーフワーターの尽力が挙げられます。また当時覇権を振るっていた東インド会社の出資も必要でした。造成された土地の開放感と美しさに惹かれ、当時の豪商たちはこぞって邸宅やカントリーハウスを建てました。

関連サイト(オランダ語のみ)


 ソークランドとはかつてのゾイデル海(現在は海と締め切られアイセル湖となった)に浮かぶ孤島として、たくさんの住人が住み、独自の文化を営んでいました。ゾイデル海の埋め立て事業が開始されると、容易に行き来することが出来るようになったため他のエリアの人々と交じり合います。
 海との戦いの歴史を持つソークランドは現代でもその歴史の象徴と捉えられています。オランダで最初に世界遺産に登録されたのも頷けます。1948年に開館したミュージアム・ソークランドでは、北東干拓地の歴史とソークランドの昔の生活を紹介しています。他には灯台やかつての漁港、教会の廃墟などが近くにあります。

☆ミュージアム・ソークランド Museum Schokland
住所:Middelbuurt 3, 8307 RR Ens
電話:+31 (0)527 25 13 96
開館:火〜日11:00- 17:001/112/2512/25休館)

☆ 関連サイト(英語)


 レメルにあるウォーダのポンプ場は1920年代に製作された蒸気動力の施設。1998年に世界遺産に登録されました。当時のままの姿で保存するため今でもときどき運転されています。
 フリースランドに流れ込む水を吸い上げる治水目的で、このポンプ場は作られました。当時、1分で4000
3の水をくみ上げたそうです。1967年にスタフォーレンの電気動力のポンプ場にその役目を取って代わられました。
 機械室はベルラーヘを髣髴とさせるアムステルダム派のスタイルを踏襲したデザイン。回廊のインテリアは20世紀を代表するインダストリアルデザインの好例です。

公式サイト(オランダ語のみ)


個人旅行のモデルプラン「世界遺産をめぐる旅」もご参照ください。




オランダ政府観光局