ユトレヒトは、オランダで4番目に大きな都市であり、またユトレヒト州の州都でもあります。その起源は、ローマ時代に防壁が築かれた西暦47年まで遡ります。ライン川のほとりに木で作られた防壁は当時、ローマ帝国の国境でした。2世紀中ごろにゲルマン民族が度々国境に攻撃を仕掛けたため、270年頃、ローマ人たちはユトレヒトを去ったと言われています。
中世、ユトレヒトはオランダ北部で最も重要な都市でした。1579年、ネーデルランドにある北の7つの州が、スペイン統治へ抵抗することを決意しユトレヒト同盟を結成。このユトレヒト同盟をして、オランダ共和国の始まりと考えられています。1580年、当時趨勢のプロテスタントが、1559年大司教区となったユトレヒト管区を含む多くの司教区を廃止へ追い込みました。1853年、再び大司教区がユトレヒトに置かれることとなり、ユトレヒトは今でも古きカソリック教会の中心的役割を担っています。
また17世紀にユトレヒトは「ダッチ・ウォーター・ライン」の一部を形成するようになります。これは19世紀にユトレヒトの街の東側に「ニュー・ホランド・ウォーターライン」が完成するまで、運河や河川を使った国の防衛機構でした。現在では当時の防塁は残っていませんが、運河や河川はそのまま残り、美しい風景や散策道となり、市民の憩いとなっています。
1843年、ユトレヒトとアムステルダムを結ぶオランダ最初の鉄道が開通しました。これを契機にユトレヒトはオランダ鉄道の要となってゆきます。第二次世界大戦後はオーフェルヴェヒト、カナレナイランド、ホ−グラーフェン、ルネッテン、ライツェ・ラインといった近郊の町が開発され、都市の規模は飛躍的に拡大しました。